【高等学校・最優秀賞】

眼鏡を変えて見る

県立開邦高等学校3年 玉城 貴子

 今年、戦後六十年目を迎える日本、そして沖縄。六十年前、沖縄は唯一の地上戦を体験した。二十万人というおびただしい数の犠牲者を出したあの時から、今日までの六十年、戦争で傷ついた人の心は癒やされることはないが、戦争を知らない者達の平和への思いは少しずつ薄らいでいるのではないだろうか。慰霊の日を迎えるにあたり、私達は戦争と平和について、今一度見つめなおす必要があると思う。
 戦後四十二年目の平和な沖縄に生まれた私にとって、「第二次世界大戦」というのは、遠い過去の出来事の一つにしかすぎなかった。
しかし、今年の春、沖縄県のハワイ交流事業に参加したことがきっかけで、私は、戦争を生々しい現実の出来事として改めてとらえなおす機会を得た。
 ハワイでの研修四日目に私は、あの有名なパール・ハーバー、そしてその記念館を訪れた。岸の上の資料館を見学し、海の上にある記念碑を見に行くため、船に乗った。私は、その時どうしても違和感を感じずにはいられなかった。船に乗っているのは、ほとんどがアメリカ人の観光客で、日本人は私のほかにはほとんどいないのだ。観光地として人気のあるハワイには、ビーチやショッピングモールなどいたるところに日本人があふれている。
しかし、このパール・ハーバーを訪れる日本人はほとんどいないのだ。日本人の一人として奇襲をし、多くの犠牲者をだした事に対する負い目から、この地を訪れることができないのだろうか。それとも、もう六十年前の戦争は、遠い遠い過去のこととなり、興味も関心も持たない、平和ボケした気持ちがパールハーバーを遠ざけているのだろうか。私は一人自問自答をくり返していた。
 そうこうしているうちに、船は湾内の海の上に立つ記念碑のそばで停泊し、私達は船から降りた。記念碑の周りには、六十年前の本軍によって沈められた軍艦が、さびれた一部を海上につき出し、あの日のままに残っていた。戦争の傷跡は痛々しく、今なおそこには、多くのアメリカ兵を含め日本兵が眠っているというのだ。私の心は、その時激しい一撃をくらわされた。記念碑の側の海底にある二隻の軍艦以外にも、今なお数多くの船が沈んでいるのだ。そしてそれらの周囲には、六十年前から少しずつしみ出ている油が浮いているのだ。六十年という長い歳月を超えて、今日まで残っている油は、決して海と混ざることはない。あの日、真珠湾をまっ赤に染めた血は、もうあとかたもなくなったが、海の上に浮く油は、まるで船内に閉じこめられたまま、今なお成仏できない犠牲者達の魂が、六十年前を決して忘れないでと、叫んでいるように私は感じられた。
 以前私は、「パール・ハーバー」というアメリカ映画を観た。その時私は「日本人が一方的に悪い」という主張をいたるところでつきつけられているようで、日本人の一人として観ている間中、とても居心地の悪い思いをした。一方、日本人の作る戦争映画や沖縄戦に関するビデオなどは、どちらの映画も、自国の側の苦しみや悲しみばかりを主張する。
こんなにたくさんの命が奪われた、辛い、悲しい、戦争は、こういうものだ!と……。
 自分の側の眼鏡を通して見ると、相手の事はよく見えてこない。実際は、たとえ「敵国」であっても同様に苦しみ、悲しんでいる人々がたくさんいる。そのことに、私達は気づかなくてはならないのではないだろうか。
 第二次世界大戦のことをアメリカ本国ではどのように伝えているのだろうか。アメリカは「日本はパール・ハーバーを奇襲攻撃した。という事ばかりを強調し、さかんに批判しているように、私には思われた。反面、私達が平和学習を通して何度も学ぶ「原爆」や「沖縄戦」については、その事実は知っていてもその悲惨さ、恐しさについてはあまり理解していないようだ。沖縄に米軍基地があることを知らない高校生もいて、私は大きな衝撃を受けた。
 しかし、よく考えてみると、同様のことは私達日本人にもいえる事だと思う、日本は、アジア諸国に対し、残忍な行為をしてきた。時代がたった今も、被害国の人々の傷は癒されていないようだ。けれど、私達は、そのことを、あまり深刻にうけとめてはいない。
自国のことを棚にあげて、歴史を伝えてはいないだろうか。日本の子供もアメリカの子供も、自分の国や他の国、戦争のことをある一面しか知らされていないのではないだろうか。
 眼鏡を変えると物事がよく見える、ハワイという外の世界の視点から日本を見ると、違う一面を知る事ができる。知らなかった事が多い事に気づかされる。パール・ハーバーを訪れたことは、私にとって戦争に対する価値観が変わるという貴重な体験だった。
  「戦争」にどちらが正しくて、どちらかが悪いということはない。確かに、原因となる出来事はある。けれど本質的に憎むべき対象は「戦争」そのものであり、私達人類は決して、その過ちを犯してはならないのだ。戦争は人をおかしくさせる。戦争は人の心に大きな傷をつくる。悲しみが強すぎて、乗り越えることができない時、人は相手を憎む事で忘れようとする。「人をたくさん殺した。」その事実に向きあえず敵国が悪いと思うことで自分を守ろうとする。その憎しみは新たな憎悪や悲哀をうみだすばかりなのだ。
 戦後六十年。世界の情勢は大きく変化した。国境を越えて、平和を維持しようという時代になった。しかし、忘れてならないことは、自国の平和維持のために、他国を抑圧し、攻撃することだけはあってはならないということだ。常に、視点を変えて、相手の立場に立って「平和」について考え、そして自国をみなおす。このことを私達は忘れてはならない。


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